「小説の登場人物にはモデルがいますか?」
よく聞かれます。
「小説の登場人物にはモデルがいますか?」
モデルがいるのか? という問いの答えは、「いますよ」です。
全員ではないけれど、主要人物はなんとなくモデルがいることが多いです。
ただ、基本的に本人の承諾をとっていない場合は、わからないように書きます。
事前に「モデルにさせて」と声をかけて許可をもらっているときは名前の一文字を変えるなどとして、その人を知る人が読めばわかるようにもします。
また、私自身が強く反映されている場合もあります。
以前、尊敬するある編集者に、「小説は、どんなジャンルでも私小説」と言われたことがありました。著者の頭の中の出来事を書いているから、著者自身が強くにじみ出るものだと。
確かにそうです。
自分と関係ない世界を描くタイプの作家さんももちろんいます。
でも私はそういったものは書けないなぁ……とは身に染みています。
フィクションとノンフィクションを意識的に混在させている場合もあります。
一番わかりやすくそれをやったのは、首都圏婚活連続殺人事件を題材にした「どうしてあんな女が私を」(幻冬舎・単行本時のタイトルは「黄泉醜女」)がそうですね。
主人公の小説家は、私自身ですし、それがわかるような書き方をしています。
今日はそんな小説の「モデル」の話を、10月7日に出た、新刊「姥捨ての山」(幻冬舎)とからめて書いてみます。