嫉妬深いあなたのための京都案内
2011年に、デビュー作「花祀り」が世に出て、様々な批評や感想をいただきました。
著者からすると、全く自分が意図していなかったけれど、「そう言われてみればそうかも」と膝を打つような感想もあり、興味深かったです。
一番多かったのが、「官能小説だけど、女の嫉妬が描かれていた」という感想でした。
「花祀り」には、主人公の女性和菓子職人が、自分に憧れる裕福な家の若く美しい女性を、性の世界に引きずり込む……といった章があります。そこで、「女の嫉妬」が描かれていると。
それは書いた私自身が、全く考えていなかった部分でしたが、複数の人たちがそう感じたのは、きっと私の中の無意識の部分が、小説に籠められていたのでしょう。
そして忘れていた記憶が蘇りました。
昔、つきあっていた人に、「君は嫉妬深い」と言われたことを。
その人は、私以外にも複数の女性とのかかわりを持っている人でしたが、すべて承知の上で、自分は「ものわかりのいい」女のつもりでつきあっていたつもりでした。けれど、その後、様々な出来事があり、私は彼の言うとおり、自分が実は嫉妬心が強く、プライドを守るため、惨めにならないために嫉妬心から目をそらしていたことに気づきました。
私は嫉妬深い。
デビュー作の感想で「女の嫉妬が描かれている」という言葉により、改めて自覚をしました。
未だに私は嫉妬深いままです。50を過ぎた今も嫉妬心から逃れられません。
人が成功しているのを見たくない、口では祝福するけれど胸が苦しくなる。
美貌に恵まれている人にも、お金に困っていない人にも、誰にでも好かれる人にも嫉妬することもあります。
嫉妬が苦しいのは、自分の至らなさ、能力の無さを思い知るからです。私がダメな人間だから、うまくいかないんだ、と。
コンプレックスは自己愛の裏返しだとは承知していますが、こればかりはどうしようもなく、他人に対する嫉妬心が自分を責める刃になり、ちくちくと心を刺しています。
また一方で嫉妬心は、自身を向上させるための燃料にもなります。
世の中で成功している人たちのなかには、嫉妬心が強い人が実は多い。
結局、嫉妬心を克服するのに最適な方法は、自分がさらなる上の世界に行くことかもしれません。
嫉妬という感情を自覚して、そのエネルギーを向上心に変える。
もっともどれだけの物を手に入れて、他人がうらやむ「自分」になれたとしても、やはり他者を羨まずにはいられない人も、たくさんいます。
人は弱くて愚かで間違ってしまう生き物だから、「人は人、自分は自分」と、他者と比べることなく生きられるのが理想ではあるけれど、そう上手くはいかない。
さて、私自身の嫉妬深さについて書きましたが、読んでいて「身に覚えがある」と思った、そこのあなた。
そんなあなたのために、京都の「嫉妬」にまつわるスポットをご紹介していきます。